第25回 国際鉄道模型コンベンション|93歳の運転士が語った、新幹線が走り出した日

2026年8月22日、東京ビッグサイト。第25回 国際鉄道模型コンベンション(JAM CONVENTION 2026)へ行ってきました。今年のテーマは「新幹線とその開業前夜」。11時半から17時過ぎまで、たっぷり5時間半を会場で過ごしました。

今年のテーマは「新幹線とその開業前夜」

このコンベンションに来るのは2回目です。2024年は台風で行けず、2025年にようやくたどり着いて、今年で2年目。去年のテーマは「貨物列車」でした。

 東京ビッグサイトの会場を埋め尽くす鉄道模型のレイアウトと大勢の来場者

会期は8月21日から23日までの3日間で、私が行ったのは22日の土曜日です。会場は去年と同じ東京ビッグサイト。上から見下ろすと、レイアウトが埋め尽くすように並んでいて、その間を人が流れていきます。

93歳が語った、新幹線が走り出した日

第25回国際鉄道模型コンベンションで講演する大石和太郎さん

登壇されたのは大石和太郎さん。1964年10月1日、東海道新幹線が開業したその日に、新大阪駅を発つ上り一番列車を運転された方です。

93歳と伺って驚きました。声にも話しぶりにも、まったくそれを感じさせません。当時の話が、昨日のことのように出てきます。

講演によると、開業初日は国際社会への配慮から、時速160キロに抑えるよう言い渡されていたそうです。。ところが大石さんは、どうしても時速200キロを出したかった。そこで最初はわざとゆっくり走らせて、そのぶんを後から取り戻す形で、ついに200キロに到達させたと話されていました。

開業の9日後には、東京オリンピックの開会式が控えていました。世界中の目が日本に向いていた時期です。国際社会への配慮も求められていた時期だったとしてもいたずらが成功した子どものような表情でそれを語られるのが、なんとも印象的でした。

そしてもうひとつ、忘れられない話がありました。新幹線という計画そのものが、当時はあちこちから反対されていたということです。実現するはずがない、そんな速さで走れるわけがない——そういう空気のなかで、運転の訓練は積まれていました。

反対のなかで技術を磨き、開業の日を迎え、そして誰も出したことのない速度に到達する。その一部始終を、本人の口から聞くことができました。

チャレンジすることで見える世界というのは、いいものだなと思いました。あの日の200キロがなければ、今日の新幹線はどこか違う形になっていたかもしれません。

2年目に見えてきた、ブースの「見せ方」

去年この会場に立ったときは、とにかく圧倒されるばかりでした。鉄道好きにもこんなに種類があるのか、と。

2年目の今年は、少し違うところに目が行きました。ブースごとの「見せ方」です。

来場者が腰かけられるように椅子を用意しているブースがありました。展示を、立ち止まってじっくり見てもらうための工夫です。子どもの目の高さに合わせて、低い位置にレイアウトを置いているブースもありました。

どのブースも、自分たちの趣味を見せる場として作られています。ただ並べるのではなく、誰にどう見てほしいかが、置き方や高さに表れている。そこに気づけたのが、今年の収穫でした。

同じ会場を2回見ないと、たぶん気づかなかったことだと思います。

Tikoppiとプレスリーは、今年も模型に飛び乗ろうとした

うちのマスコット2人も同行しました。

ドクターイエローの写真パネルの前で、手のひらに乗ったプレスリーとTikoppi

背景は会場に展示されていたドクターイエローの写真パネル(写真:辻邦彦さん)です。

そして相変わらずでした。走っている模型を見つけると飛び乗ろうとするので、止めるのが大変です。あれだけの数のレイアウトがある会場は、この2人にとっては誘惑だらけだったのだと思います。

肝心のその場面を写真に撮り損ねたことだけが、心残りです。押さえるのに手一杯でした。

まとめ|1年目と2年目で、見えるものが変わった

去年は「すごい世界だ」と圧倒されて帰ってきました。今年は、その世界の中にいる人たちが、どう見せようとしているかまで見えました。

そして93歳の大石さんの話を聞けたことは、テーマが「新幹線」だった今年だからこその巡り合わせでした。開業から60年以上が経ち、当時を語れる方は限られています。その声を直接聞けたのは、行ってよかったと心から思える体験でした。

新幹線の記事はこちら 東海道新幹線で富士山が見えるE席

来年もまた、行くつもりです。3年目には、また違うものが見えるのかもしれません。

去年の様子は、こちらにまとめています  2025年のコンベンション(テーマ:貨物列車)